11「作業服で日経を読む」
現場の仕事は楽しかった。仕事を翌日に持ち越さない分、気楽だし、本音は何を考えているのかわからない上司もいない。心をひたすらすりへらしてきた自分にとって、ひたすら身体を動かせばいいというのも心地よかった。
そうはいっても、始めて作業着にそでを通したときの屈辱感に似た気持ちを忘れていたわけでもなかった。休憩室でタバコを吸いながら女とパチンコしか話題がないような人間にはならないぞとどこかで見栄を張り続ける自分がいた。
このまま現場で終わってたまるか。おれはこいつらとちがう。
そう思って、休憩室でこれまで読んだこともなかった日経新聞をひとり読んでいた。
隣はみんなスポーツ新聞かパチンコ雑誌。気取った大卒がなに難しそうな新聞読んで偉そうに、と思われていたに違いない。
そのうち、読んでもよくわからない日経新聞ごっこはやめてしまうのだが。
でも、ボロボロになっていたとはいえ、ほんの少し残っていたプライドを満たすために、その頃の自分には必要な道具だったのだとおもう。
そんなことをしながら、日々が過ぎていった。