26「夏場のケンカ」
この頃、というわけではないが、夏になるとよくケンカが発生した。
熱くなってくるのでイライラするのだろう。
特に塗装の職場では製品を乾かすために乾燥炉が設置されている。乾燥炉内部の温度は100度を超えるので、その周囲もめちゃくちゃ熱い。作業場の温度が40度を超えることはざらだ。
みんなはもう慣れたもので、
いやー今日もあったかいねー
なんて言っているが、そういう冗談でも言わなければやっていけない。
梅雨が終わったくらいの頃から9月の初めくらいまでは、1日に500mlのポカリを3本くらい飲む生活が続く。作業服は汗でできた塩で白くなる。
そんななか、
おめえさっさとやれよ!とかうるせーな、おめえがさっきこうしろっていったんじゃねーか!
みたいなことから口論がはじまって、本当に取っ組み合いのケンカになったことも二度や三度じゃなかった。みんな体には自信があるし、血の気の多い若いのも多いので仕方がない。
おそらくいま勤務しているようなオフィスでそんなことが発生したらえ?ケンカ?キャーこわいーという女性の悲鳴が聞こえそうだが、当時はみんな慣れていて、
おー。ケンカか。誰と誰よ。やらせとけやらせとけ。あぶねえから機械だけは止めとこうか。
みたいな感じだった。
床に転ばされてマウント状態になったり、本当にケガをしそうな状態になればさすがに止めに入る。
リーダーとしてはこういうときは、仲裁に入り、その後双方の話を聞いて、班長に報告し、仲直りさせて、ということになるので、それはそれで夏のイベントとして楽しかった。
個人的にはここまでヒートアップしすぎるのはともかく、自分の意見をきちんと自分の言葉と態度で表現するというのはいいことだと思っている。事務職の多くは思っていることを言わず、居酒屋や家庭で愚痴をいって憂さを晴らしているのかもしれないが、不健全だと思う。
取っ組み合いのケンカにこそならないものの、この会社では前向きな議論というのは大いに歓迎された。機械のレイアウト、生産方法、様々なことであちこちで職種や等級に関わらず、現場では議論が展開されていた。大声でしかもべらんめえなのでケンカをしているようにみえて面白かった。
そうじゃねえよ、班長!だから俺はこういってんじゃねえか!こうやらないとだめなんだよ!製品がダメになっちゃうんだよ!
とか、
あいつ今叱ってやんないと天狗になってろくなリーダーにならねえぞ!
とか、話題はその時によって多岐にわたるものの、陰湿感とは全く無縁の、とにかく活気あふれる一生懸命な雰囲気が好きだった。