5「うつ」
この頃には会社へ行けなくなっていた。自宅の最寄り駅の改札がくぐれない。
なんとか電車に乗れても、会社の最寄り駅の改札がくぐれなくなっていた。
課長が来ていない時間帯を見計らって電話をかける。
体調が悪くて、行けそうにありませんとお伝えください。
頭が痛いわけでもない、胃が痛いわけでもない、どこが悪いのかと言われると答えられない。
だけど、なぜか改札をくぐることができない。駅へ向かうために歩いていても、後ろからどんどん追い抜かれた。
さすがにおかしい。病院へいってみよう。まさか自分がうつ?
当時はまだうつとかメンタルは一般的ではなかった。隠しておくべきものだった。
会社の診療所で紹介してもらったクリニックへ行った。
うつの恐れあり、と診断された。
限りなくうつに近いけれどまだ病気という状態ではない。病気ではないから診断書は出せない。でもこのままだと完全になる。上司の方にそういって相談しなさい。
先生はそう言った。
先生、ぼくはもう、上司と会話したり相談するのは怖いです。なにか書いたものを用意してもらえませんか。それなら渡すだけで済みますから。
そういうと、先生はメモに書いてくれた。うつ病のおそれあり。業務量など配慮してあげてください。
翌日、課長に先生のメモを渡すことができた。
課長は苦々しい顔で受け取ったが、ぼくはなぜかすごく達成感があった。ああ、メモをわたすことができたんだ、怖かったけどよくやった。医師のコメントだからさすがに少しは配慮してくれるだろう。これで少しは仕事が少なくなるかもしれない。あんなに恫喝されずにすむかもしれない。
その晩は久しぶりに眠れた。
だけど現実はそう甘くはなかった。